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大阪地方裁判所 昭和45年(ワ)1619号 判決 1972年8月28日

原告 信用組合大阪商銀

右代表者代表理事 大林健良

右訴訟代理人弁護士 山本良一

同 曽我乙彦

同 万代彰郎

右曽我復代理人弁護士 中谷茂

被告 城田龍蔵こと 趙南作

右訴訟代理人弁護士 臼田利雄

同 小林保夫

右臼田復代理人弁護士 桐山剛

主文

被告は原告に対し金八七万四、六七五円および右金員に対する昭和四〇年九月一一日以降右完済まで年六分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

この判決は仮に執行することができる。

事実

第一、当事者の申立

(原告)

主文第一、二項同旨の判決。仮執行宣言の申立。

(被告)

請求棄却の判決。

第二、当事者の主張

(原告)

一、原告は中小企業等協同組合法にもとづき設立せられた信用組合であり、組合員に対する手形貸付、手形割引等を業とするものである。

二、原告は、昭和三七年四月一四日、訴外金泰秀と手形貸付、手形割引等に関する契約(取引約定)を締結し、割引手形の主債務者が期日に手形金額を支払わないときは右金泰秀において原告より手形面記載の金額で不渡手形を買い戻す旨約し、被告は、右同日、原告に対し、右契約にもとづき右金泰秀が原告に対して負担することあるべき一切の債務について連帯保証する旨約した。仮に、満期後の手形買戻の約定が認められないとしても、金融機関たる銀行と割引依頼人との間においては「割引手形が不渡となったときには、銀行は右割引手形を手形金額に満期の翌日から買戻日までの割引料と同率の利息を加算した額で買戻を請求する」との事実たる慣習が存在し、本件の場合にも右慣習が妥当する。

三、そうして、原告は金泰秀に対し前記取引にもとづき、別紙一覧表のとおり、各手形の割引をなし、右各手形を各支払期日に各支払場所に呈示してその支払を求めたところ、その支払を拒絶された。

四、そこで、原告の金泰秀に対する、右各手形の買戻請求権が発生した。仮に右不渡の事実だけでは、当然、手形の買戻請求権が発生するものでないとしても、原告は、昭和四〇年八月三日頃、金泰秀に対し右各手形について買戻請求の意思表示をなした。

五、その後、原告は金泰秀より

(1) 昭和四一年三月三〇日 金九万五、二二五円

(2) 同   年八月三一日 金一万五、四八〇円

(3) 昭和四三年七月三〇日 金一万四、六二〇円

の各支払を受け、右(1)を別紙一覧表(4)記載の手形の買戻代金に、右(2)および(3)を別紙一覧表(2)記載の手形の買戻代金にそれぞれ内入充当した。

六、よって、原告は被告に対し右各手形の買戻残代金八七万四、六七五円および右各手形の支払期日の後である昭和四〇年九月一一日以降右完済まで商法所定率六分の割合による損害金の支払を求める。

七、本件買戻請求権の消滅時効は、右権利の発生事由の発生時期から、もしくは、原告が右意思表示をなし得る状態になったときから五ヶ年である。

(被告)

一、原告主張第一項の事実を認める。

二、同第二項の事実は不知。

原告と金泰秀との間に作成された約定書(甲第二号証)第九条によれば、手形の満期日到来以前において同規定記載の事由の生じた場合に原告の請求により金泰秀が手形を買戻すべきことが定められているにとどまり、手形の満期日に不渡となった場合についての買戻を定めていない(全国銀行協会連合会作成の「銀行取引約定書ひな型」第六条において手形の主債務者が期日に支払わなかったことを買戻請求権の要件として明記している点と異る)。

三、同主張第三項の事実を認める。

四、仮に本件の場合にも原告に不渡後の買戻請求権が認められるとすれば、右買戻請求権が実質的には手形法上の遡及権と同じものであることにかんがみ、一年の期間経過により時効消滅したものである。

五、被告が連帯保証したとしても、主債務者の不渡後、長年月を経た後になされた原告の本訴請求は信義誠実に反し許されない。

第三、証拠≪省略≫

理由

一、原告主張第一項および第三項の事実は当事者間に争がない。

二、≪証拠省略≫によれば原告は、昭和三七年四月一四日、金泰秀との間で手形割引、手形貸付その他与信取引をなすについて約定書(甲二号証)を取交し、右約定書において金泰秀の提供する担保、原告に対する預金その他債権について取りきめる(第一条ないし第八条)外、金泰秀の依頼にかかる割引手形の支払人その他手形関係人において支払を停止しまたは停止すべき虞ありと原告において認めるときは支払期日前といえどもその手形の呈示を要せず、原告の請求次第、金泰秀において右手形を買戻すこと(第九条)、同人の振出、保証もしくは裏書した手形が不渡となったときは手形法所定の権利保全手続を省略されても異議ないこと(第一〇条)、同人振出、裏書その他の手形で原告が取得したものについて要件の欠陥、時効完成、喪失、偽造、変造があった場合といえども手形額面の債務とみなすこと(第一一条)その他が定められていることが認められる。被告は右約定書第九条の規定によっては手形の満期日に不渡となった場合の手形買戻をなし得ないと主張するが、もともと手形買戻請求権は割引手形について金融機関が権利保全の方法としてこれを有するものであり、特約または事実たる慣習によりその一つには、当該割引手形が不渡りとなった場合に当該手形の買戻を請求し、割引依頼人に対し不渡りとなった当該手形額面額とこれに対する満期の翌日から買戻しの日までの割引料と同率の割合の利息の支払を請求し得るものであり、他の一つは、割引依頼人に支払停止その他信用悪化の事由が生じたときに金融機関の選択により買戻を請求し、当該手形額面額の支払を請求し得るものである。前記約定書の規定は手形の支払人その他手形関係人の信用悪化の事態が生じ、将来、その手形の支払に不安がある場合に、その危険を未然に防止し、早期かつ安全に資金の回収をはかろうとしているものであることが明らかであり、手形が満期日に不渡になった場合については、別に、前記約定書第一〇条において原告が手形法所定の権利保全手続を省略し得ると規定されているところから、手形の満期日不渡の場合に買戻請求権がないものと断定することは早計である。即ち、前記約定書のその余の規定に徴しても本件手形割引は原告が金泰秀に対し広い意味で信用を供与するための手段として行われているもので、割引手形それ自体独立の価値ある商品として買受けることを目的とするものでないことが明らかであって、このような事情に徴し、前記約定書第九条の規定が手形の満期前にすら一定の事由あるときに買戻請求を認めておりながら、特に満期日に不渡になった場合に、その買戻請求をなし得ることを排除したものとは到底考えられないのみならず、≪証拠省略≫によるも、一般に割引手形による与信取引においては割引手形金の回収を確実にするため、手形法所定の権利保全手続による外、手形買戻請求の方法がとられ、右方法は手形の満期日前のみならず、満期日に不渡となったときにも行われていることが認められる。そうだとすれば本件にあっても原告は被告金泰秀に対し本件割引手形について買戻請求をなし得るものと解するのを相当とするところ、≪証拠省略≫によれば原告は本件各割引手形について各満期日に支払拒絶されて後、遅くとも昭和四〇年九月一〇日頃までに被告金泰秀に対し右手形の買戻請求をなしていたことが認められるので、同被告は原告に対し本件各割引手形額および各手形額に対する右期日の翌日以降右完済まで少くとも年六分の割合による遅延損害金の支払義務を負うに至ったものといわなければならない。

三、被告は手形買戻請求権についてその実質が手形法上の遡及権と同じものであるとして、一ヶ年の期間経過により時効により消滅したと主張する。手形買戻請求権の性質については諸説があり、被告主張のような考え方もないわけではないが、買戻請求権が、一面において、割引人のために手形上の厳格な遡求要件欠缺の場合を救い、手形割引依頼人の信用を重視している点にかんがみ、手形法上の遡及権と同じように一年の経過により時効で消滅すると解するのは相当でなく、商行為によって生じた債権として五年の消滅時効によるものと解する。よってこの点に関する被告の主張は理由がない。

四、そうして≪証拠省略≫によれば被告は、原告と金泰秀の前記約定の日より一〇日程後、原告に対し金泰秀が右取引について負担する債務について連帯保証をしたことが認められ(る。)≪証拠判断省略≫もっとも本件保証が原告と金泰秀との間の一定の継続的取引関係から、将来発生するすべての債務を保証する、いわゆる、信用保証であって、その保証期間についても、保証額についても何等定めのないことが明らかであるが、かかる場合であっても、保証債務の範囲については各場合に即して取引慣行とか当事者の取引状態を顧慮することにより合理的な制限を加えて適正なものにすれば足りるから、保証期間、保証額について特に定めるところがなくてもその効力に消長を来たすものではない。

五、ところで、原告が、その後、金泰秀より一部弁済を受け、これを本件割引手形の買戻代金に内入充当したことはその主張第五項に自認するところである。

被告は、主債務者の不渡後、長年月を経てからなす、原告の本訴請求は信義誠実に反すると主張するが、金泰秀のなした前記弁済状態に照らし本訴請求をもって信義誠実に反するものとも考えられないし、他に本訴請求をもって信義誠実に反し許されないものと解しなければならないような事情を認め得る証拠もない。よってこの点に関する被告の主張は理由がない。

六、そうだとすれば被告は原告に対し買戻残代金合計金八七万四、六七五円およびこれに対する、少くとも、昭和四〇年九月一一日以降右完済まで年六分の割合による損害金の支払義務あるものといわなければならないから、原告の本訴請求はその理由あるものとしてこれを認容し、民事訴訟法第八九条、第一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 中村捷三)

<以下省略>

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